今日は東日本大震災が起こった日ですね。

あの日のことは今でも忘れられません。

被災地の方はもちろん、たくさんの方の人生が変わったのではないでしょうか。

私はあの日、埼玉の店舗で働いていました。

まだ新卒で入ったアパレルに勤めていた頃です。

ちょうど店長に就任して1週間が経った頃でした。

まだ全員のスタッフのことが分からない状況での大地震。

ちょうど出勤していたので、お店にいたときに地震が起こりました。

斜め向かいのお店が、食器などが置いているお店だったので

壁一面からグラスやお皿が落ちてきて、凄い音が鳴り響いていたのを覚えています。

私のお店の店内に、ベビーカーに赤ちゃんを乗せたお母さんがいました。

その方がパニックを起こされたので、私は逆に冷静に入れたと思います。

怖かったけど、とにかくパニックになっているお客様を守らないと、と。

阪神大震災は小学校1年生だったけど、体は覚えていたみたいで恐怖は一気に増してきました。

その日は結局、そのままお店が閉店になったけど、電車が止まってて家に帰れなくて。

どうしようかと思っていたら、スタッフの子のお母さんが車で迎えに来てくれるとのことだったので、途中まで送ってもらうことに。

でも私は新宿に住んでいたので、さすがにそこまでは行けない。

たまたま、大学の友達が上京してきたことを思い出し、大丈夫だったか連絡すると、一人でめっちゃ怖いとの返信が。

ホントにたまたま、車で送ってもらうっている途中に友達の家があったので、そこまで送ってもらえました。

どこまでいっても私は人に恵まれていると思った瞬間です。

感謝しかありません。

地震発生から数時間たって、やっとテレビのニュースが見れたけど

画面一面にはひたすら海のような映像。

意味が分からなくて、嘘でしょって何回思ったことか。

当時はまだスマホじゃなかったし、家族とも彼氏とも全く連絡が取れなくて不安でしょうがなかった。

当時お付き合いしていた彼氏は幸い、新店の準備で、私の親友と一緒に新しくできるショッピングモールにいました。

そこのショッピングモールが、避難場所として開放してくれたので

夜中に帰宅することだけは防げたから本当に良かった。

次の日やっと会えた時の、彼の今までに見たこともない疲弊しきった顔は、一生忘れないだろうな。

私の知り合いは、幸いみんな無事だったけれど、

あの日、あの一瞬でたくさんの命がなくなったかと思うと、今も胸が痛みます。

あの日から、「また今度」は全員に平等に与えられていないんだなと胸に刻んでいます。

だから私は、これからも自分の気持ちはしっかりと大切に伝えていこうと思います。

まだまだ被災地の方は大変な暮らしをされていると思います。

日本人全員が考えないといけない問題なので、3月11日という日を一生忘れずに、少しでも自分にできることをコツコツと頑張ろうと思います。