なぜ、この本を書こうと思ったか

ロンドンから帰国してから3年。まさか自分が、人に英語を教える仕事に就いているなんて思いもしませんでした。日本を出る時は、ただただ日本を出たい一心で、特に目的もありませんでした。人生で初めて、頭の中が真っ白で、やりたいことが思い浮かばない状況に陥りました。

昔から自分の意思がはっきりしていて、好きと嫌いの境界線が明確でした。嫌いなことは出来ればしたくなかったし、好きなことはとことん好きでいたかった。高校時代の夢は、ベビーグッズのお店を持つことで、大学は経営学部の起業家コースに進学しました。学生起業家やベンチャー企業が流行りだした時期でもありましたが、自分にはそこまでガツガツした気持ちはないなと次第にその夢も変わっていきました。だからと言って、全くやりたいことがなくなったわけではなく、行きたい企業や自分のしたいことには積極的に挑戦していました。就職活動はちょうどリーマンショックの時期で、全く予想もしない状況に陥りましたが、なんとか内定をもらい、上京したいという夢があっけなく叶ってしまいました。実際に東京に出てみると、楽しかったし憧れていた生活も現実となって、辛いこともあったけど今となっては楽しい思い出。全てが順調だったわけではないけれど、いつも大きな壁は乗り越えてきたので、何とかなると思っていました。

しかし、ロンドンに行く直前は憂鬱な気持ちの方が大きかったし、実際にロンドンに到着してしまうと、目標を達成してしまった感が凄かった。いつもなら、目標を達成したら次の目標が自然と現れてくるのに、その時ばかりは何ヵ月も現れませんでした。目標を苦労して設定したこともなかったので、やりたいことを見つける苦労を27歳にして初めて知りました。

今思えば、どんなに挫折しても常に目標や、やりたいことがある人はそれだけで幸せなんだと思います。本当に何もやりたいことがなくなったとき、ひどい喪失感に襲われることを知りました。

フラットメイト(シェアハウスの同居人)に、「やりたいことリストを作ってみろ」「何か一つでもいいからやりたいことはないのか」と言われても、何も出てこない自分に、不安と焦りしかありませんでした。人生で初めて知ったこの気持ちは、きっと一生忘れないだろうと今でも思います。

それからは、やりたいことが上手くいかなくても、まだやりたいことがあるだけ幸せだと思えるようになりました。幸せを感じるハードルが下がった瞬間です。

ロンドンでの生活を始めてから1ヵ月程たったある日、そろそろこの状況はやばいと危機感を覚え、語学学校の見学や観光など動き始めました。ひとたび行動をし始めると、少しずつ自分の感覚を取り戻し、自分の中にやりたいことリストがたくさんあったことに気が付きました。

「ファッションコレクションの都市を全部回る」とか「世界中のディズニーランドをコンプリートする」とか「フェルメールの全作品を観る」とか。

昔からのやりたいことリストも忘れてしまうほど、私の心は疲弊しきっていたんだなと思うと、回復した嬉しさで少し笑ってしまいました。一度、どん底を見ると人は強くなる気がします。幸せのハードルをかなり下げることが出来たおかげで、一つやりたいことを見つけたら、後は芋づる式に大量に見つかりました。きっと、どん底の数ヵ月間を過ごさなければ今の私はいなかったと思います。

ロンドンに行って、世界が広がりました。大きな規模で物事を考えるようになりました。関心のあることが色んな国にまで及ぶようになりました。仲の良い友達がベネズエラ人や台湾人なので、ベネズエラや台湾のニュースは特に関心が強まりました。もちろんイギリスは、2年も住んだ国なので、やっぱり何かあれば注目してしまう。違う国に住むことで、違う国の友達が出来ることで、こんなにも私の世界は広がってしまいました。

これこそが、本当のグローバルではないかと思います。

少し世間を見渡すと、決まってグローバルの文字を目にします。「グローバルコミュニケーション」「グローバルな人材」「グローバル化」など例を挙げればきりがありません。英語を使って外国の人とコミュニケーションを取ることに、やたらと重きを置かれていますが、実際は今も昔もコミュニケーションに関しては、何も変わっていないと思います。

近所のおばちゃんと話していた時代より、交通の便が良くなって、東京と大阪はたったの2時間半で行けるようになりました。日帰りで東京本社の人と仕事が出来て、大阪まで帰宅することが出来るようになりました。インターネットや格安航空の発展で、時差や海を越えて違う国の人と、話せるようにも会えるようにもなりました。

技術の進歩により、コミュニケーションを取れる範囲が広がった、ただそれだけだと思います。

英語の授業は、どこの大学でも必修科目になっている場合がほとんどです。英語の単位が取れないと、いくら他の単位を取れていても、企業から内定をもらっていても、卒業することが出来ません。それが必修科目です。

でも果たして、全員が英語を必要としているのか。

毎回この疑問にぶち当たるし、私の答えは決まっていつも「ノー」です。英語以前に人とのコミュニケーションが取れていない人が多くいるように感じます。これは大学生に限らず、社会人にも言えることです。コミュニケーションが取れない人は、いくら英語を勉強したところで使えるようにはなりません。英語はあくまでもツールでしかないのだから。

多くの人に英語を教えていて思うこと。

「この英語は失礼ですか」

「これはどうやって英語にしたらいいですか」

どの質問も間違ってはいないけど、そんなこと気にしているうちはいつまでたっても英語を使いこなせないよ、と。

もちろん丁寧な英語を話せた方が良いし、相手に伝わる英語を話せるのが一番だと思います。でもその前に忘れてはいけないことは、英語はあくまでも人とコミュニケーションを取るためのツールであること。同じことを伝えたい場合でも、友達や恋人に言う場合と、仕事の取引先に言う場合とでは変わってきます。細かな英語のニュアンスも、ほぼ多くの人に当てはまることもあれば、人によって、受け取り方が変わってくることもあります。

日本の英語教育に足りないところは、〇×だけで判断してしまって、本来の英語を使う目的を伝えていないことだと思います。だから私は、英語はあくまでも外国の人とコミュニケーションを取るためのツールでしかないからこそ、「シンプルに簡単に」をキーワードに、全ての人々に英語を使いこなしてほしいと思い、この本を書いています。