英語講師という仕事は将来的にはなくなるべき

「英語講師という仕事は将来的にはなくなるべき」

かなり辛口な切り口で、自分の首を絞めるような発言ですが、この仕事を始めようと決めた時から思っていて、今でも変わらずに思っています。

 もちろん英語は私たちにとって初めて触れるものなので、誰かから教わらなければいけません。しかしそれは、中学校の教師の方たちだけで十分だと思っています。

「英語はあくまでもツール」です。そのツールは、中学校3年間の義務教育で充分に学ぶことが出来ます。後は、このツールをどうやって自分のものにするか。これは誰かに教えてもらうことではありません。

現在、たくさんの英会話スクールが日本にあります。ここ数年でオンラインでの英会話レッスンも、格安なために流行っています。私はその現状が、健全であるとは思えません。なぜなら、全員が中学校3年間で義務として英語を学んでいるからです。2020年からは、小学校5年生から英語が導入されるため、5年間は義務で英語を学びます。それほどの時間をかけて、英語が使いこなせないのであれば、真剣に義務教育を見直す必要があると思います。

 義務教育で英語を習得できれば、高校生以上に関しては、「英語」は選択科目でいいと思います。それほどまでに、現在大学などで行われている英語科目に関しては意味がないと思っているからです。英会話スクールも同じです。英語にかけるお金や時間を、違うことに使ってほしいなと思います。

 また、英語講師という仕事がなくなればいいと思う理由に、この仕事には「責任」が問われないことです。

もちろん英会話スクールを運営しているところも企業ですので、日々の売り上げや予算達成には取り組んでいるでしょう。では、生徒さんたちに対してはどうでしょうか?自分たちの差し出しているサービスに対して満足のいく結果がどれほど出せているかの「責任」は果たしているでしょうか?

英語に関しては、基本的に生徒さん本人の「努力」で片づけられます。そこに関してはもちろんですし、「いい加減、be動詞ぐらい覚えてください。」と思うことも多々あります。でも実際に、英語をツールとして使いこなせるまでにするのが、プロの英語講師としての役割ではないでしょうか?

目に見えて効果が発揮できたり、形に見えるものであれば、それに対して価値が測れますが、英語のような個人の能力にゆだねるものに関しては、なかなか価値が測りにくいです。

ロンドンで暮らしていた2年間を振り返ってみると、中学英語レベルで問題ありませんでした。日常的な生活にかかわることや、友達との会話、さらにはテロや経済にまつわる問題まで。ちょうどイスラム国のテロが大きく話題になっている頃だったこともあり、かなり踏み込んだ話題は多かったです。ですが、そんな難しい話題でも中学英語レベルで問題ありませんでした。十分に伝わりますし、十分に議論できました。それほどまでに、日本の義務教育でやる内容は十分なのです。

そのことを踏まえて、私は将来的に英語講師という仕事がなくなればいいなと思っています。義務教育で英語をしっかりと学べる環境が日本には整っています。それ以上の英語の勉強は、結局はお金と時間の無駄です。いつか健全な状態になればいいなと願っています。

英語は、あくまでも人とコミュニケーションを取るための「ツール」です。英会話は、英語というツールを使って、相手と会話をすることです。表面上の技術を磨くより、あなたという個性を磨きましょう。個性を磨くのは、あなた自身にしかできません。

 一人でも多くの方が、「英語はあくまでもツール」だということに気付き、英語の呪縛から逃れてほしいなと思います。